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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)293号 決定

抗告人 松山かず代(仮名)

相手方 大原治郎(仮名) 外二名

事件本人 中川三郎(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を神戸家庭裁判所伊丹支部に差戻す。

抗告費用は相手方三名の負担とする。

理由

抗告人は、主文第一項同旨竝に「申立人等の請求を棄却する」旨の決定を求め、その抗告理由は別紙記載のとおりである。

よつて考案するに、禁治産宣告に関する審判手続は、人の行為能力を失はしめるか否かに関する重要手続であつて、その厳正にして慎重な手続によらねばならぬことは論をまたぬところであり、それ故に家事審判規則第二四条は、家庭裁判所が「禁治産を宣告するには、本人の心神の状況について、必ず、医師その他適当なる者に鑑定をさせなければならない。」ことを明定している。然るに本件記録を精査するも、原審裁判所が、本件事案の審査に当つて、右法定の要件たる鑑定を経由して、禁治産の宣告をなした事跡は全く存しない。

もつとも、当裁判所が職権を以て調査したところによると、事件本人については、先に相手方等より神戸家庭裁判所伊丹支部昭和二十九年(家)第四四号準禁治産宣告の申立がなされ、右事件記録によると、同裁判所は昭和二十九年十一月二十日の審問期日に、鑑定人山田辰彦に対して(1)事件本人が心神耗弱者であるかどうか(2)心神喪失の常況にあるかどうか等の事項について鑑定を命じ、よつて同人がその後に提出した鑑定書によると、事件本人は、「その既往の経過より、約二十年来精神分裂症の欠陥治癒状態と診断され、従つて所謂心身喪失の常況にある者と認められ、快復の見込は期待し得ない。」旨の鑑定結果が記載されていること、竝に、その後昭和三十二年十一月二十四日に、相手方等は、右準禁治産宣告事件を取下げた上、同月二十六日本件禁治産宣告の申立をなした関係であることが認められるのであつて、原審裁判所は、右準禁治産宣告事件においてなされた鑑定を以て、本件禁治産宣告事件における鑑定に代用し得るとの見解の下に、別に本件手続上の鑑定を命じなかつたものであることは、これを推認するに難くないけれども、右鑑定は、準禁治産事件の審問手続としてなされたものである以上は、これと別件である本件禁治産事件において、右鑑定書を採つて以て事実認定上の一資料となすことは格別本件禁治産宣告をなすについての法定要件として、必ず、なすべきことを命ぜられている鑑定手続に代用し得るものでないことは論をまたぬところである。蓋し、裁判所は、鑑定人選任の当否、鑑定人の宣誓竝に尋問の適法な実施はもとより、鑑定人の鑑定資料の採集、鑑定方法及鑑定結果等の当否の判断についても、最終的な責任を免れないのであつて、而も右の責任は事件毎にこれを負うているのであつて、別件の鑑定書を援用すること(原審判理由には、これを援用することの記載さへないけれども、)によりかかる手続上の責任を安易に免るべき理由はないからである。附言するに、右準禁治産事件の鑑定人尋問調書には鑑定人の年令、職業、住所等の記載がなく、これらの点について果して適法な尋問がなされたか否かを知り難いのであつて、もし叙上のような放漫な手続の代用が許されるならば、一の事件における手続上の瑕疵は、たちまち他の事件に導入せられることとなつて、裁判の独立を害するに至ることは見やすい理である。して見ると、原審判は、適法な鑑定を経ずして禁治産宣告をなした違法があることは明であるばかりでなく、原審が、事件本人の後見人として選任した抗告人は、記録添付の戸籍謄本によると、亡中川多門同ハツ間の四女として記載せられているけれども、証人松山かず代の証言によれば、右戸籍記載は虚偽であつて、事実は、亡中川五郎同ふみへ間の長女であつて、従つて原審が、後見監督人として選任した中川五郎とは、姉妹の関係にあることが認められ、他にこれを左右するに足る証拠はないのであつて、そうすると、右後見監督人の選任は、民法第八五〇条の規定に違反する違法があるを免れない。

してみると、原審判は、以上いづれの点よりするも違法であるが、本件について、当裁判所がみづから事件につき審判に代る裁判をすることを相当とする事由も認められぬから、家事審判規則第十九条第一項を適用して、原審判を取消し、本件を神戸家庭裁判所伊丹支部に差戻すこととし、本件抗告費用の負担については、家事審判法第七条非訟事件手続法第二八条を適用して抗告人等の負担とし、よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 観田七郎 判事 河野春吉)

(別紙)

抗告の理由

一、原審に於ては神戸家庭裁判所所属山田技官の鑑定書を唯一の資料として事件本人を心神喪失の常況にあるものと認定されたが、右鑑定人が事件本人に面接したのは唯の一度にすぎず、その鑑定結論にはにわかに承服し難いものがあるので、慎重な再鑑定を求めるものである。

二、仮りに事件本人に対する禁治産宣告が正当なものであるとしても、後見監督人に選任された中川五郎は後見人たる抗告人の実弟に当り、之は明らかに民法第八五〇条の規定に違反する。尤も抗告人は戸籍上は先代五郎(右中川五郎の父)の妹になつているが、右は事情があつての不実記載であり、事実は事件本人並に右中川五郎の長姉である。)

殊に中川五郎は幼時より事件本人と確執あつて氷炭相容れず、性格は粗暴で(前記鑑定書にも、五郎が常人でない旨の傍論あり)、とても後見監督人の任にたえないものである。

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